オーバーレイ(重層)の風景

updated: 2018.01.01.

日本の空間の特徴。
オーバーレイ(重層)の風景

冬の夕暮れ、東京湾アクアラインを千葉から東京方面に、ベートーベンを聴きながら、車を走らせていたことがあった。その時、私は、自分自身に悔しいことがあって、零れ落ちる涙が止められなかった。運よく、海の上で、渋滞にはまっていた。強風、快晴、いわし雲が重なっていた。西の空がだんだん、茜色に染まっていった。横浜から千葉までの街の明かりが輝き出し、東京スカイツリーもシルエットになっていった。そして、空全体が、鯛のような赤味と薄墨で覆われ始めた。手前の洋々たる東京湾は鈍い鋼色、大都会の街はLED電球の雲海であった。その時、左の方に富士山が丹沢連峰を引き連れ一体となり、濃い墨色で浮かび上がってきた。100kmも先の風景が、遠近感が失われてオーバーレイ(重層)して、平板に見える。この姿は、私が考えている日本の空間の根幹だなと痺れ、目の前の広がりに圧倒されて私の涙も乾いていった。 
「苦しい時は、ベートーベンを聴け」と教えてくれたのは、高校時代の恩師だった。その意味を長い間、理解できなかった。大学院生の終わり頃、立ち寄った真冬のウィーンのカフェで、「月光」の第2楽章が流れていて、はっと気付いた。そうか、難しい問題が発生した時に、正面から向き合えということなのかと、音が頭の上から降りかかってきた。
 日が沈み、闇に包まれ始めた頃、車も動き出した。FMラジオに切り替えた。ブラジルのヘビメタバンドが、ベートーベンの月光からインスピレーションを受けて曲をつくったという。そんな馬鹿な、あのクラシックがロックにできるのか、シャウトでもするというのかと正直思った。静かにベースギターの音が流れ出した。そして、メインギター、ドラム、激しいビートの重なり。されど、あの浪々とした響きは、月光の世界そのものであった。思えば、ヘビーメタルは超絶技巧の重なりで構成されている。その意味では、ベートーベンの構成と通じるものがあるのかもしれない。
 クラシックを、現代のロックの技法で表現する。私が、日々、直面しているデザインの世界も同じだ。伝統的な日本の空間の特徴として挙げられるのは、「ずっと、先がある奥行き感」。これは、西洋の透視画法のように、パースペクティブに焦点が定まるものでなく、平板で幾つもの層が重なり合っていく姿だと考えている。近景・中景・遠景とオーバーレイする風景、神社の参道の曲がりくねった先にある鳥居、拝殿、社という構成。また、「大奥」と称されるように、まだ先があるといった概念。これを、モダン建築の超絶技巧で具現化することによって、伝統を継承して、「和」を表現することも可能と思っている。誤解を恐れずに言えば、私は現代の「和魂洋才」をめざしている。