デザインにおける「カバーズ」

updated: 2015.04.01.

陽水が示した時代感覚とデザインにおける「カバーズ」

 東名高速を少し飛ばしていた時だ。御殿場の手前あたりで「おおー愛のしるしー」と、ラジオから響く声に「あれっ、ジュリーとは違う甘い透明感がある。まるで井上陽水の声みたいだな」と思ったら、なんと、本当に彼がカバーしたものだった。15年ぐらい前の事だ。その時は、なぜ陽水がグループサウンドの曲を歌うのかと、理解に苦しんだ。オリジナリティこそすべてという世界で生きてきた大御所が、どういう理由?でも、妙に新鮮な刺激を受けたことも事実だった。その後、一流の歌手達が次々とカバー曲を発表してヒットさせていく。その先駆けが、陽水のカバー曲の発表だった。
 私が抱いた「なぜ?」という疑問について、陽水自身が最近、インタビューで語っていた。「かつては私自身もオリジナルでなければいけない時代に生きていた。現在は、上質な作品には新しい生命を吹き込める時代になった。その分岐点がどこかにあったはずだ。アタシが少し時代より先行していたと思う。」流石!
 ホテル・旅館のデザインは、埋立地に新しいものをつくることぐらいを除けば、常に基本的にはカバーズだ。その土地の伝統や受け継ぐ人々の歴史の上に構築される。設計者の活躍出来る期間は、まあ、長くたって30年程度。対して建築の寿命は普通、その倍はある。私自身も過去の偉大な大先輩達の作品を目の前にして茫然とすること、度々である。
 かつて、東京に程近いあるクラシックホテルの改修を依頼されたことがある。質素な佇まいの中にある大理石の階段や装飾の豪華さは、今でもTVドラマの中でよく目にする。私が担当することになったのは、従業員食堂などを婚礼用の打ち合わせスペースに変更するというものであった。はてさて、デザインをどうしたものか戸惑った。華麗な階段のすぐ脇に位置しているのもかかわらず、婚礼打ち合わせなので、意外と備品は多く、パソコンなどのモニター類も氾濫しているという、今までにない空間だったからだ。
 私が最後に決断した手法は、こうだ。「新しいデザイン言語は、使わない。」時代が重積している中からオリジナルに近いものを見出し、そのモチーフを使って再構成する。たとえば、扉、時代とともにたくさんの種類と色が氾濫してしまっていたが、最も原型に近いものでつくった。照明についても、器具そのものはオリジナルのものは手に入らないが、雰囲気と照度、色温度については、同じになるように心掛けた。機能は今までにないものだから、そこは追求させてもらった。結果は、一見、元々存在したかのように見えて、結構、自分のデザインカラーが出ていて驚いてしまった。
 いつもは大変厳しい御施主さんにもご好評で、「オリジナリティがないのに石川君の個性が出ているね」とありがたいお言葉であった。