伊丹潤が生み出す陰と影

updated: 2018.09.01.

土、石、レンガ、木、鉄、紙。
伊丹潤が生み出す陰と影

その入口は、そっけない木の廃材でできていて、高さも1m60cmほどで、茶室の躙(にじ)り口のようだ。周囲も枯れた木の横ルーバーがあるだけ。廃屋のガレージといった風情で、中は暗くてうかがいしれない。この店を知っている人でも、3回は通り過ぎてしまう。ましてや初めての人は、その店の前にいても店舗がどこにあるかわからず、電話でどこでしょうか?もう20分ぐらい探しているのですが、と聞くのが常だ。このまさに隠れ家というべき「bar Jug」は、神楽坂を登り始めて少し曲がったところにある。
 躙り口をかかんで入ると、ポツンと石のオブジェが置いてあるだけの2畳ほどの空間がある。そこを抜けると、磨き込まれたブビンガであろう無垢板のロングカウンターが鎮座している。カウンターの天板の手前側は、斜めにカットしてあって、肘をもたれかかせるのには、絶品のディテールである。もっとも、最近ではスマホが音もなく床に消えてしまうということもあるようだ。周囲の壁は、10年以上経過してほどよいあめ色になった木パネルで、お客を包みこんでいる。店の奥はボックス席で、一番奥の壁は古レンガが積まれ、その手前はスチールのフラットバーのルーバーで陰影深い。振り返れば、夕刻ならば外部の光が、同じようにルーバー越しに、往来の人々の影絵を入口壁面に映し出している。カウンターの正面には、オーセンティックなバーらしく、銘酒がずらっと並んでいる。その背後は、酒瓶の陰影かと思っていたら、墨が滲んだ絵画のような和紙貼りのようだ。果たして、これは何?と尋ねると、ここを設計した建築家の自作の絵だという。ああ、このバーは伊丹 潤氏の設計ですねと尋ねると、やはりそうであった。
 伊丹 潤は、在日韓国人二世で、2011年にお亡くなりになってしまった。土、石、レンガ、木、鉄、紙という自然素材を大切にし、丁寧に造り上げいく。北海道・ニドムにある、野面積みの庵治石の壁に丸太組みの屋根の教会、済州島にある一連のホテル・美術館が代表作である。シャープで、切れ味よく、現代的なといった形容詞には、無縁の作風である。そして、注目すべきは、彼がつくり出す陰と影だ。陰は、巧みなプランニングから生み出される。この小さなバーにおいても、入口を絞る、さらにオブジェだけがごろんと転がっている前室、カウンター席、その奥にもまだ部屋があるかと思わせるような仕掛けを施した。影は、抑制が効いた照明から生まれる、深い彫りのある煉瓦壁、磨き込まれたカウンターに置かれたグラスのシルエット、鉄と木のルーバー。それらはピンポイントで鋭角に光り、その周囲には滲んだように影が闇に沈んでいく。暗さの中に明るさを感じる、優しい肌触りの空間である。