故・櫻田 慧氏の教え

updated: 2016.09.01.

人を迎えること。
故・櫻田 慧氏の教え

「設計の石川さーん、階段のところまで来てください」という場内アナウンスが、23時頃流れた。それも標高1100m、原生林の中の建築中の現場においてだ。その数か月前、平成に変わり、バブルが始まって建設需要がひっ迫していた。その余波で、このモスバーガーのゲストハウスの工事は遅れに遅れていた。コンペで勝ち、スーパーゼネコンのプライドもあるので、24時間現場となっていた。
 冒頭の話に戻る。階段の天井の形を、今、決めてくれという施工担当者からの依頼であった。時間もなく、脇の壁にチョークにより原寸で指示をすると、はい、わかりましたとの返事。深夜2時頃、再び呼ばれると、下地が組み上がっていた。了承すると、すぐに溶接し始めた。事務所に戻って仮眠し、再度見に行くと、もうほとんど仕上がっていた。自ら描いた線が、その場でどんどん具現化される。設計の実務を始めて4年目の若造に対し、懐の大きな現場の所長と上司、クライアントであった。
「石川君、人を迎えるという、建築のあるべき姿を考えてくれよ。それから、ジャグジーも頼む」と電話口で突然言われた。「どこからですか?」と尋ねたら、ハワイの別荘でジャグジーの中からだそうだ。電話の主は、モスバーガー創業者の故・櫻田 慧氏だった。その前年、彼のゲストハウス兼研修所の設計コンペに勝った時の話だ。「モスは95%がフランチャイジーです。お店の方は、従業員ではなく、お客さまです。研修にも来てくださって、もてなすという温かい心のある建物にしたいのだよ」と、謎かけをされた。その答えとして、「ヒューマンリレーション」というコンセプトを掲げた。空間の仕掛けとして、人と人とが構えることが少なく、自然体での触れ合いを建築化したいと思った。具体的には、外壁は淡いサーモンピンクで原生林の中に馴染ませ、階段の踊り場には小さなテーブルを横にして、スツールに腰を掛けて語らう。リビングは原生林の中に浮遊させ、暖炉の前でお酒を飲みながら楽しむ。炎が美しくなるよう、薪のパチパチする音が美しくなるように気を使う。豪華な食事や、宙を舞うかのようなシャープなデザインを用意することが、お客をもてなすことではないという、私なりの解答であった。
 今でも、「石川さんのデザインは温もりがありますね」とか「女性的ですね」と言われることが多い。エッジが尖っているデザインが嫌いなわけでもないし、できないことはないと確信しているのだが、どうも私のクライアントの好みとは違うらしい。おかげさまで、ご商売されている方々は、このニュアンスを大切にしてくださっていて、繁盛しているようだ。これも駆け出しの頃、櫻田氏からの、人を迎えるあり方を教えてくれる贈り物があったからだと、訪れた河口湖の山中でしみじみと思った。