日枝神社

updated: 2016.10.01.

東京のど真ん中、赤坂。
開発の光と影

 木々の間の石段を見上げる。梅雨空の雲が低く立ち込めている。所々、夕闇の薄日が差し込んで来た。ここは神社だから、天使ならぬ天女が舞い降りて来そうだ。宵闇が迫る、バキッバキッと薪が弾ける、キーキーと鳥が鳴く、ずずっと静かに新郎新婦が草履を引きずる。出席者の誰もが息を呑む厳粛さだ。そして、少し間を置き、ここが東京のど真ん中、赤坂の日枝神社境内であったことをようやく思い出した。ザ・キャピトルホテル 東急の画期的な企画「篝火」。夕刻より日枝神社を貸し切り、1組だけの挙式ができるプライベートウェディング。この感激は忘れられないものであった(同企画は現在、諸事情のため、中断しているという。残念!)。
 日枝神社は、徳川家康から遡ること約100年前の15世紀後期、名将太田道灌によって造営された歴史を持つ。その後、江戸、明治の世になっても、時の権力者の手厚い保護によって守られてきた。現在も、銀座や大手町を氏子に持ち繁栄している。山王祭の主催者であり、江戸から続くもっとも由緒正しい神社の一つである。ただ、戦後の混乱や時代の変化において、その都心の超一等地の貴重な緑地や佇まいも、国宝や重要文化財に指定された宝物保護の施設、事務所機能、そして、駐車場と蝕まれていた時代があった。
 日枝神社の隣の敷地に位置していた旧山王ホテルは、米軍に接収され荒れ果てたままの姿をさらしている時代があった(1983年なで接収が解除されなかったからだ)。その脇にあったのが63年開業の東京ヒルトンホテルだ。ここには現在、ザ・キャピトルホテル 東急が建っている。同ホテルにはヒルトン時代からのカフェ、オリガミが復活し、名物のパーコーメンが懐かしいというご年配の方は多い。まだ年配というには少しあるけれど、何を隠そう、ファンの一人は私だ。先日、このパーコーメンを食べたが、妙に洗練された味に変わったように思った。脂っぽく感じたのは、インテリアなのか、私の年齢が増えたからなのか。
 溜池から六本木に続く広い道に面したところには、雑多なビルが集積していた。ここは千代田区と港区の区界で、江戸時代の水路が残ったりして複雑な地形だったが、約2.3haというまとまった敷地でもあった。現在、延べ面積約9万坪、高さ約200mの超高層オフィスビルが、首相官邸を見下ろして峻立している。余談だが、ガラスに偏光をかけて、首相官邸は見えないようになっている。
 この3つの敷地をまとめて再開発が行なわれた仕組みは、ざっと以下の通りだ。日枝神社は、将来にわたりその緑地を守ることを約束して、容積率の権利約0.15万坪を隣地2つに譲り、維持費も受け取った。その結果、新たに生まれた延べ面積は、オフィスが約5万坪、ホテルは約1万坪であった。