映画「君の名は。」の空気感

updated: 2017.01.01.

映画「君の名は。」の空気感。
ボーダー有りを意識する

 チラッと振り返り、足首から手首まで立派なモンモン(刺青)をした中年男性が着替えをしていて、凍りついてしまった。なんで、ここに?さすがに、ここはまずいでしょう。なぜなら、夏休みの渋谷の区民プールだからだ。そのオジサンは、呆然とする周囲を気にせず、ぱっぱと全身を覆うウエットスーツを纏い、その上から水着を履いて、小学校低学年ぐらいのかわいい子供を2人連れて、プールに向かった。プールの中では、普通のお父さん以上に、子供たちとはしゃいでいた。そうか、当たり前だけれど、ヤクザさんも普通のお父さんなのかと、ちょっと感心しながら、合点はしなかった。でも、市民を怯えせる実害がないなら、許容範囲かとも思った。
 タトゥーをした外国人観光客が温泉に入れるか、と問題になることがある。日本の刺青とは明らかに違うし、ヨーロッパの温浴施設ではごく普通に見られる光景だからいいじゃないかとのご意見もあるようだ。いやいや、タトゥーの図柄の問題ではなく、ここは日本。背負ってきた歴史があるので、やはり、湯用の何かを羽織ってもらったほうがいいと個人的には思う。
 世界が近くなって、ひたすらに、世の中はボーダレスに向かっているかのように喧伝されてきた。インターネット、グローバルスタンダード、TOEIC、移民、英語教育、ビザの緩和、自由貿易、そして、ユーロ。これらは、近未来の方向性を示すものの具体例と同等として挙げられてきた。2016年、ボーダレスからボーダーありを意識する変換点の年だったと位置付けられるのではないだろうか?英国のEU離脱、トランプの勝利、反移民、保護貿易、そして、映画「君の名は。」でも、東京と地方のボーダーがあって、ないような入れ替わりが、時代の空気感をよく表していたと思う。
 地方に暮らす若者が誰も感じる閉塞感は、都会への憧れを増幅させて、東京にとても美化した幻想を抱かせる。実際の新宿は、騒音と何かが臭い、違いの少ない高層ビルが林立して、キラキラなどはしていない。カフェの甘いパンケーキよりも、田舎の甘味処のお汁粉の方がおいしいという、普通の舌に問えばわかる答えも、真逆になってしまう。そこは確信犯で、東京を美し過ぎるように描くことによって、田舎の実態を伴って、何が拠り所なのかというメッセージが、明確に伝わってくる。
 ヤクザさんもウエットを着て子供とプールで遊べば、ボーダレスになるかもしれないが、堅気にはなれない。どんなにグローバル化と叫んでも、そう簡単に人々のメンタリティが変わるはずもない。インバウンドがグローバルスタンダードを求めて、日本の田舎を訪れる理由など一つもない。名所、名物、名産は、密かなるプロデューサー(それは、あなた)がつくり上げるものに過ぎない。