海風や風雨に耐える建築

updated: 2018.07.01.

海風や風雨に耐える建築。
黒、墨の魅力

 伊勢地方の海岸を歩く。強い海風に負けないように、シンプルな平屋の切妻の黒い塊りが、急な地形をそのままに群れとなって続いていく。杉板を焼いて真っ黒く墨色となった外壁(耐塩・防腐のため)を身に纏っている。至るところ、割れ、裂け、節、剥がれが点在している。それらが、風雨に耐えてきた証だ。屋根は瓦、大地も岩で覆われ、風景全体が「墨色」になって、曇り空に溶け込んでいる。
 瀬戸内地方のある漁村の外壁たちは、やはり杉を墨色にした外壁だったり、時代と場所により、コールタールで真っ黒になって独特の臭いを発生させていたり、今ではキラデコールを塗られている。杉板の多くは、潮風に晒され銀色になり、部分的に補修されて、新しい生地色になっているところが混じったりして、表情が豊かだ。一つひとつは違うのだが、群として島の風景に溶け込み、そのバラバラさが、均一ではない奥行きをつくっている。
 瀬戸内、直島の「家プロジェクト」の中の一つとして、200年前の民家の蔵に、千住 博作の「ザ・フォールズ」が佇んでいる。あの滝シリーズの中でも、もっとも大きな作品の一つだ。蔵特有のほの暗い、いや、闇に近いといってもいいくらいで、光は小さな高窓から差し込む自然のものだけだ。そのわずかな光も、水飛沫をあげる白い面ではなく、画面の大きな墨色の塊りのところに当たるように緻密に計算され、配置されている。闇の中で時間が経ち、段々と目が慣れてくると、静寂の中に、最初、流れ落ちる水のせせらぎを感じる。それが流れとなり、やがて瀑布の大音量が低音で鳴り響いてくる。一つの絵画作品が、みごとに建築(それも日本の闇の空間)と一体化したのはとても稀有なことだ。江戸時代の障壁画に、夕刻、対峙できるとこんな感じであろうか。
 ちなみに、墨は松などを燻し、香料を加え膠で練ったものだ。その製法から、青、碧、黄、赤、朱と複雑な色を重ねて成り立っている。かつて自分自身が日本画と向き合っていた頃、静かに墨を磨いているその行為自体が心を落ち着かせ、自分自身が磨かれているような感覚がした。その時の心の乱れは、そのまま墨にも、描くものにも表れていたと思う。
 現代建築は、いわば白い建築だった。理由はいろいろある。コルビュジエがギリシャを旅した際に、白い建築群を見たこと。建築を教育的に指導をすると、形態をつくるのにキューブをモチーフにしやすい、明るいイメージ、アイデンティティを誇示しやすいなど。まあ、白い方が七難を隠しやすかったのだろう。されど、海沿いの民家に代表されるように、概ね風化が進むと鼠色となる。生地で輝くのは、伊勢神宮のような神殿ぐらいだった。風景に馴染み、風雪にも耐える素材。色は自ずと定まってくる。