素材は記憶の宝物

updated: 2018.11.01.

肌に触れる感覚。
素材は“記憶の宝物”

 足元を、ライムストーンの砕石を踏みしめ、ちょっと息が切れた頃、その別荘にたどり着いた。知人のイタリア人建築家がデザインしたもので、たまたまスケジュールが合ったので招かれたというわけだ。木造なのだが、ここかしこにいろんな形状のライムストーンが転がっている。柱の土台は1m×3mほど掘り出した塊り。クローバーのような塊りは、中だけ削って磨き上げて浴槽に、壁面はノミ痕を残して水を流して滝に、というわけだ。
 どうして、こんなにライムストーンを贅沢に、かつ多種多様に使えるのか。その問いに、彼はニヤリとして、「ここは、元々、ライムストーンの砕石場の跡地だったんだよ。図面なんてなくて、あるものを見てインスピレーションを受けてデザインしたんだ。だから、切り出し、運搬、採寸になんて費用が掛かっていないし、磨く人の人件費は、ここでは格安だから」と種明かしをしたのであった。なるほど。
 大阪のある百貨店の高層階のラウンジの改装が終わったと聞いたので、立ち寄った。床はライムストーンのランダム貼りで、光天井と相まって、南欧風な感じでなかなか良かった。あれっ、確か改装する前は、整った石貼りではなかったかと思い出して、横にいる担当した友人に尋ねると、ニヤニヤしながら、実は綺麗な成型の石を現地で砕いて、乱張りにしたとのこと。どうせ剥がす時に割れるし、搬出するのも大変なので、現地加工したんだと自慢され、思わず、一礼をした。
 伊勢の宇治橋にある大きな2本の鳥居は、外宮と内宮の棟持柱の転用で、式年遷宮で出る材料は、その後、各末社に使われる。そして、最後は小さな什器にまでも転用されるので、この素材としての木は、無限の命が与えられているようにも思える。何もこれが日本人にとって、ヒノキという特殊な素材だからというわけではない。
 欧州においては、「テクスチャ―保存」という手法が存在している。脳科学者によれば、子どもたちが「あの赤レンガの倉庫だね」と叫ぶように、肌に触れる感覚は味覚と同じように、大脳の深いところにしまわれているそうだ。だからこそ、小さい頃の記憶を思い出すのは、柱の傷、床の凹凸、壁のざらつき、三和土の固さといった触覚や、地元で獲れた鮎のえぐみなどの味覚。ああ、あの小さい頃は苦手だったあの苔の匂いが、今はたまらなく懐かしい。
 私が設計に携わらせていただく時、古い鏡、机の天板、襖の引手、床板、障子、家族の着物、時にはその文様などなどを、先人から伝えられた宝物として、ひそかに、かつ、丹念に組み込むようにしている。