西麻布「権八」

updated: 2016.08.01.

屑石の大出世
東京・西麻布「権八」

 ゴツンと、4WD車の天井に頭をぶつけて目が覚めた。外を見回すと、赤茶けた山肌と田園風景で、台湾の向かい側の都市・厦門(アモイ)から約2時間走っていることを思い出した。「ダンナ、着きましたぜ」と、降ろされた地面はひどいぬかるみ。周囲は、切り立った花崗岩の錆び石の断崖絶壁が連なっている。働く人々は、ゴムサンダルに短パン、麦わら帽子。石切り場なのに、安全という概念はまったく存在していなかった。こんな山中であっても、結構な人が働いている。初夏だというのに、すごい暑さと湿気。屋台で、邦貨で15円也の麦わら帽子を買い、気合を入れて石を選び始めた。
 されど、番頭が持ってくるのはきれいな切石。天守閣の石垣にでも使いたいぐらい整ったものばかりであった。「違う!」と叫ぶと、今度はもっと端正な石を、本当は出したくないのに、日本から来た客だから仕方がないと持ってくる。ふと自分の足元を見ると、イメージに近い石が転がっていた。その強者達は石を切り出すための穴、ノミ跡、割った時の剥き出しの肌、泥を被った面構えのものばかり。やっと見つけたと喜び、「こういうのがほしい」と叫ぶと、番頭は混乱そのもので、言葉も出ない。注意深く見渡せば、それらの石は廃材置き場に積み上げられ、裸姿のお兄さんによって、片っ端からぬかるみに投げこまれていた。「ちょっと、待てー」と叫ぶと彼らの手は止まった。そこは宝の山であった。この三角形の、この瘤出しものをと次々に指示をして、別のところにまとめさせる。「何だ!こんな屑石を日本から探しに来ているのか」と鼻で笑うような、それでいて自慢げに、いくらでもあるぜと次から次へと運び込んでくれる。半日、石切り場の廃材置き場で格闘してヘロヘロになりながら、望みのものが入手できて満足であった。「ところでダンナ、こんなゴミ石をどこに使うんですかい?」と改めて尋ねられた。
「今、東京のど真ん中に大きな焼鳥屋を設計しているんだよ。この石達は、その足下を支えるんだ」と説明すると、彼は腰を抜かさんばかりに驚き「この石達は大出世ですな。中国の深い山中の泥の中に捨てられようとしているところから、東京の一等地でスターさんになるんですな」。なるほど、うまいことを言うなあと感心した。
 野面積みを廃材で造ろうと試み、方々を探し歩いていた。岐阜県恵那の有名な石切り場にも行ったが、生産は中止され、廃墟となっていた。15年ほど前から日本では石の加工はほとんど行なわれなくなり、安い人件費のため、中国に移行していた。生産しなければ、廃材も出ない。建築部材もカタログ化が進み、それ以外のものを造ることに寛容ではないと痛感していた。だが、自らが汗をかけば、まだまだできるぞと、凸凹道に頭を打ちつけつつ、にんまりした。