黒川紀章のディテール

updated: 2018.02.01.

時代の先端を走りすぎた
黒川紀章のディテール

 右側の青年がフォークとナイフを持つ左右の手を取っ替え引っ替え、ぎこちなくチキンと格闘している。彼の向かいには、チェックのツーピースを着こなした女の子が慣れた手付きでフォークとナイフを操っている。その右では学生達が、このボリュームのランチでは物足りないという顔をして、卒業設計のコンセプトを熱く語っている。左側には、凛とした顔立ちでキチンと化粧をした、私より少し目上と思しき女性が優雅に、それでいて他人を受けつけない少し寂しそうな佇まいで、魚料理を召し上がっている。六本木にある国立新美術館の最上階にあるフレンチレストランの師走の風景だ。
 私は、安藤忠雄氏の展覧会を見終えて、ゼイゼイと息をついている。建築の展覧会で、これほどの大規模で内容が充実したものは記憶がなく、彼が都市ゲリラと名乗った前衛の頃から、東大教授の大巨匠に上り詰めた回顧展のようですらあった。誤解を恐れずに言えば、派手な生前葬のようでもあった。この国立新美術館を設計した黒川紀章氏のことを思った。
 大学の新入生ガイダンスの時のことだ。学科主任がのたもうた。「君たち、黒川紀章のように、アストンマーチンに乗って若尾文子を嫁に貰えると思うな。この中で建築家としてものになるのは、一人いるかいないかだ。」夢多く、かつ、不安でいっぱいの若者を前にして、よくもそんなひどい言葉を言ったものだと、教える立場となった身として考えても呆れる。そんな話が出るくらい、黒川氏は若い頃からスパースターだった。彼や槙 文彦氏らが唱えたメタボリズム(更新していくシステム)や、日本の縁側の曖昧な中間領域・グレーを現代建築に取り入れる思想は、これからの建築を担っていく普遍のテーゼかとも思わせるほどのインパクトがあった。
 黒川氏の建築を順繰りに見に行った。頭でっかちな若者には、理解したつもりの受け売りの理論がつくる建築と、肌で感じるものの違和感がそこにはあった。中間領域?グレー?単なる利休ネズミと称する灰色を塗れば、日本的なものが生まれる?理屈でつくられた空間のスケールは大きく、きめ細やかさ細やかさが足りなかった。何よりもディテールの貧弱さが、全体への失望に変わった。理屈としての世界と社会資産としての物質としての建築には、別の価値観があると示唆されたように思えた。以来、40年経った今も、丹念にディテールをつくることがとても大切だと、自分に言い聞かせている。
 顔を見上げ、改めてホールを見た。巨大な企画展示室の前に、局面のガラス張りのホワイエ。ディテールは明快だが繊細ではない。されど、この巨大スケールに合っていて、バランスが良い。黒川氏は早く走り過ぎたのかもしれない。ようやく、時代が彼に追いついてきたのかもしれないと思った。