権八 西麻布店[自作]

updated: 2006.05.01.

オペラ歌手の都々逸

 東京、西麻布に建つ巨大な蔵「権八 西麻布店」をご存知だろうか? そう、小泉元首相とブッシュ元大統領が2002年に会食したあの大きな焼鳥屋さんです。何を隠そうあれは、私の設計の手によるものだ。
 時の総理大臣と大統領の会食という事件ですっかり有名になってしまい(当日、私も招待されたが、お客の大半は身元がしっかりチェックされた関係者、そしてSPであった)、あれを設計しましたと言うのに躊躇するぐらいである。
 あげくの果てに、ちょうど映画『千と千尋の神隠し』の公開時期と重なり、テレビ出演したスタジオジブリの関係者に「あれ(権八)は映画からインスパイアされたものだ」というような発言までされてしまった。この場を借りて言えば、決してそうではない。映画同様に建築もつくるのには「年」単位の時間が必要で、権八のデザイン・設計は映画公開のはるか以前から進めていた。映画を見て影響されたことは決してないので、ジブリさん、誤解のないように。
 権八のデザインは、グローバルダイニングのオーナー長谷川耕造氏と私が話し合いをしながら進めた。西麻布店は実質1号店なのでこれといって参考にするものはなく、コンセプトづくりからまったくの手探りであった。外観は、田舎の農家の「蔵」をモチーフにした。1階は中国で探した御影石の「くず」材を、御年配の職人さんに野積みしてもらった。上は本物の土壁を特殊配合して丹念に左官仕上げし、屋根には日本瓦を載せた。内部はグローバルダイニングの常套手段の構成とし、インテリアデザイナーとともに丹念につくり込んでいった。いわば、どこから見ても、こてこての極めて俗っぽい「和風商業建築」そのものである。
 ただ、今でもいろんな専門家から、すごく褒めてもらうことも多い。お店は現在も繁盛している。しかしながら、私自身は面映く、「不思議な」気分だ。というのは、私はモダン建築を学び、これからもそれをつくっていきたいと考えている。確かに権八の建築においては、PC構造や特殊な試験をした材料を駆使し、現代の「本物」の技術で「虚構」をつくっているが、表現としては「モダン」ではない。
 私はこのことを、こう喩えて説明している。「オペラ歌手が都々逸を歌ってみなさいと言われ、『日本人に生まれたからには、都都逸のひとつも捻ってみました』というようなものだ」と。プロの歌手が歌った出来映えとしてはどうだ!? といった感じであるが、もちろん、軽い気持ちでつくったわけではなく、真剣勝負でつくらせてもらった。
 世の「旅館建築」のデザインのレベルの低さにクラクラすることがいまだにある。こんなデザイン、絶対に世の人々は求めていないと叫びたくなる。旅館専門の設計者に依頼しないとできない、と旅館経営者の方々は考えているのだろうか? それは大いなる誤解である。表面上の手馴れより、実力のある建築家に、一度相談してみてはいかがだろうか。

権八スケッチ_01