世紀末の美と平成末の美

updated: 2019.02.01.

世紀末の美と
平成末の美

 一歩、足を踏み入れた途端、うあーと驚きの声を挙げ、見上げた。そのドーム状の天井は、淡い磨りガラスで覆われ、冬の優しい光をホールに落としていた。足元の床には、ガラスブロックが埋め込まれ、下では、何やら作業している人のシルエットが見える。場所はウイーン、オットー・ワーグナー設計の郵便貯金局(1912年完成)の中央ホールで、絵葉書を投函するために立ち寄った。このロマンチックな空間で、思わず、昔の恋人に手紙を書いたが、投函することはなく、冷静に踏みとどまった。
 この明るいホールを中心にして、両側に各窓口が並び、小さな教会のようなプランになっている。実は、敷地は結構大きく不整形で、建物も結構大きいのだが、外部からの人には、この中心空間があることで、いくつかのアプローチでも迷うことがない。床のガラスブロックを通して地下にも光を届かせるなど、プランは合理的、かつ丹念につくられている。外壁は、石を積むのではなく、貼っている。その石、1枚ごとに、当時はとても高価なアルミ製の大きなリベット(大きなボタンのようなもの)を取り付けている。内部では、柱ごとに同じくアルミ製の装飾的な柱を立て、空調を吹き出している。外壁を骨格の装飾とすることや、アルミの銀色を積極的に見せるという、次の時代の予感的な表現であった。
 もちろん、この合理的なプランに、ちょっと次世代めいた華麗な装飾的な鎧をまとった建築は、オットー・ワーグナーの、そしてウイーン分離派建築の代表作でもある。この芸術運動は、19世紀末、ウイーンで花開いた。画家でいえば、金の縁取りをしたあの退廃的絵画のクリムトなどが有名だ。世紀末、一般的には19世紀末のことを指すが、もう100年以上が経過した。時は、地球が太陽の周りを公転して重ねられるのであって、西暦の区切りで、何か違う運動をするのではない。けれども、何かの区切りの時代、何となく社会的には、不安な感じとそれを振り払いたいかのような空気感が漂い、デザイン的には、華麗な装飾とちょっと強い近未来的な表現が流行るようだ。それ故にか、世紀末のウイーンでは、金色のドームを被ったセッション館や、外壁をバラの模様で覆ったマジョリカハウスなどが建てられた。
「平成最後の」という言葉を、連日、耳にする。世紀末の空気感に似ているなと感じる。建築の表現も、渋谷のスクランブル交差点が象徴しているように、建築そのものの表現ではなく、電子的グラフィックパネルの光と大音量が、圧倒的に空間を支配している。この表現を否定しているのではない。されど、その10年後、残っているのは、建築の骨格だけなので、そこを疎かにしてはいけない。