大和文華館

updated: 2006.07.01.

まさに「憩いの場」

 「好きな美術館は?」と問われることがよくある。日本橋の事務所の2階に20坪ほどの画廊を開設しているからなのかもしれないが、「えーと、ヘルシンキのキアズマから始まって、NYのMoMAも好きだし、一昨年オープンした金沢21世紀美術館もなかなか」と、挙げ始めるとざっと100以上になってしまう。では、「見るべき美術館は?」と問われると、近鉄奈良線学園前にある大和文華館(昭和35年開館)を是非挙げたい。
 設計は、文化勲章受賞者・吉田五十八である。いまさら言うまでもなく、吉田流数奇屋の大家、現代和風の祖である偉大な建築家である。現在、モダン和風と言われているデザインは、私も含めて吉田の猿真似と言っても過言ではない。いやいや、猿真似にもはるか遠く遠く及ばないだろう。
 吉田五十八の数奇屋建築がいかに偉大であったかを私ごときが言えるはずもない(とても畏れ多いことです)。その数奇屋を論じたいのではなく、竣工より45年を経たこの美術館を、是非、今こそ見てもらいたいのだ。
 今の建築学科の学生や建築家の卵に、この建築を知っているかと尋ねると、残念ながらほとんどの者が知らないと答える。当然といえば当然なのだが、それは、この建築の外観が「なまこ壁と白漆喰塗りとむしこ窓」で構成され、まるで復元された城郭建築のように見えるからだ。21世紀の「スタイル」からはあまりにもほど遠い姿をしているから、今時の学生に受けるわけもない。かく言う私も、2006年の今、この「スタイル」がいかに端正な雰囲気を醸し出していたとしても、このような外観デザインをすることはない。
 この美術館で是非見てもらいたいのは、その構成のすばらしさなのである。三方を池に囲まれた湖畔の松林の中に静かに佇んでいる。入口からゆったりと、光に導かれるように展示室に辿り着けば、遠くは池越しの松林に、近くは中庭の竹の優しさに時間を忘れる。美術館特有のあの「強制的」に鑑賞させられる空気は微塵もない。至るところに休む場所が配置され、まさに「憩いの場」なのである。
 今日、大和文華館は改めて私たちにふたつのことを教えてくれている。ひとつは、デザインの流行にだまされないこと。スタイルは、長短の周期はあっても、やがては変わっていく。今、半露天風呂をつくり、外観をガラス張りにしたとしても、流行はそのうち消費されてしまう。むしろ、そのスタイルの仮面の下にある構成の確かさこそを見極める必要がある。
 もうひとつは、旅館・ホテルのロビーは「憩いの場」でなければいけないということだ。ここで珈琲を飲まなければいけないと強要されたくないし、りっぱな壁画や日本画を無理に鑑賞させられたくもないのだ。人々の気配を感じ、時に本を読み耽り、空間そのものを味わいたいのだ。ロビーこそ、機能の息苦しさから解放し、自由な空気を吹き通したいと私は考えている。

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