宴の後

updated: 2020.11.01.

伝統的な宴席の姿。
宴の後に残るものは?
これからも宴席は可能か?

 

30年くらい前のこと、ある宴席に呼ばれた。場所は、古い町の由緒正しい旅館の大広間。若い私はとりわけ招待される宴席が苦手で、ほとんど、断っていた。その時は現場で打合せをしていると、連れていかれた席が畳の大広間で、50人ほどの男がひざ詰めで座り、御膳の宴席が用意されていた。逃げようと思う間もなく上座に座らされ、乾杯が始まった。
上品な懐石料理が提供されるが酒は手酌で、誰も注ぎに来ない。気楽でいいのが、隣人と小声で雑談するだけで静かというか不愛想な進行だった。私はすっかり飽きてしまい、断りもなく席を立った。気になる古い木造旅館の探索に一人出かけたのだ。ほどなくして、数人の方が顔色を変えて探しにきた。「早く席に戻ってほしい。主賓がいないと。祝いの唄が始まりません」という。席にもどると、参加者全員が立ち上がり、朗々と祝いの唄を一糸乱れずに響かせるのに、呆気にとられ感動した。唄い終わると同時に無礼講となった。酌婦が入り、次から次へと酒が注がれ、返杯する羽目。どうやらこの地方では、この唄が終わるまでは席を立っても、大きな声を発することはタブーのようだ。そんな風習、事前に教えておいてくれないとわかるはずもない。
余興を求められ、酔った勢いで、父が歌っていた旧制中学の逍遥歌「時世の塵は深くとも、ばんだと匂え、花桜」と朗詠した。後日、この宴に出ていた複数の方から、祝いの唄が終わる前に席を立ったのはまずかったが、あの歌はよかったと、意外な言葉をもらった。この地では、伝統へのリスペクトが精神構造として染みついてるようだ。
さて、この古式ゆかしい宴席をコロナ禍でも存続させることが可能か。答えは、可である。さすがに、ひざ詰めに御前を並べるのは飛沫感染の恐れが大きいので難しい建築学会の実験データで、90㎝離れていれば飛沫が届かないことが判明している。つまり、畳を一畳分空けて配置すれば、床座でもあり、ソーシャルディスタンスが確保できる。酒を注ぎ、乾杯するというのは、マイお猪口を持って回る形にして、フェイスシールドもあらかじめ配ることで、接触感染も防げる。大声で皆が唄うというのは、マスクを相互に付けることで対処可能。相互にマスクあるの場合、マスクなしに比べて、感染リスクは95%以上下がる(片方の場合は70%程度)ことも、衛生学会の研究でわかってきた。
最後に、部屋全体の換気だ。一番は入口の襖を少し引き残し、反対側の窓を開ける。ポイントは、給気と排気を両方確保すること。対角に確保すれば、実質の効果は数倍になる。ハードとソフトを組み合わせられれば、古式ゆかしい宴会の開催可能だ。