恐るべき隣人

updated: 2019.06.01.

飛行機での出来事。
恐るべき隣人は外国人か?

 ハノイから羽田へのフライトは、台風の影響で遅れに遅れた。本当に今夜飛び立つかなあと、フォーを啜りながら、空港のラウンジのガラス窓を叩きつける雨を見ていた。ようやく飛び立ったのは、深夜であった。席は3人掛けの通路側。扉が閉まるアナウンスを聞きながら、横2席が空いているのを見て、「ラッキー、寝ていけるかも」と思った瞬間、30歳代であろうカップルが駆け込んできた。すぐに機体が浮き上がり、それと同時に、隣の恰幅のよい彼女が、おもむろに瓶を何種類か取り出し、ヘアキャップを用意し肩にタオルを掛けて、なんと髪を染め出した。えーっ!と驚き、CAを呼んで注意してもらおうと思う間もなく、疲労の極致の私は落ちた。横であの独特の臭いはたまらんなあ、飛び散った薬液は染みになって取れないのにと、夢の中で憤慨しながらも、白河夜船であった。気付いた時は、着陸態勢に入っていた。こちらとて、旅の最終日でろくでもない格好をしているし、まあいいかと思いながら横を見ると、彼女はシャワーキャップを被りながら寝入っていて、もしかして羽田の到着ラウンジで洗い流すのかと、改めて愕然とし、アジアからのお客はいろいろいるかと思った。
 東北の秘湯で有名な旅館に泊まった。濁り湯の開放的な混浴も、昔ながらの湯治場の風情を残す各湯殿も、それはすばらしく、日本の宝だなあと染み入った。それでも、2日もいると、畳での寝起きが苦痛になり、勾配の急な廊下も転倒しそうで怖い。真冬だが、「献上鮎です」という塩焼きに驚き、1年前の冷凍のものですかと尋ねると、「アジアからのお客さまに評判になっていて、年中提供しなければならない」とのこと。ごもっともなのだが、違和感は残った。
 秘境でも、布団の上げ下げに割く労力は、畳に自然に馴染むデザインのベッドレイアウトで、厳しい勾配の廊下は、脇に両方向から出る小さなエレベーターの設置で、解消できる。底冷え対策には、畳の下に仕込める床暖房、隣室との壁、扉は防音仕様にと、いろいろ思った。不便を守ることが伝統の継承ではない。これが桂離宮なら話は、別だ。世界的な文化財を次の世代へ継承していくことは、とてもクリエイティブなことである。しかしながら、眠るという人間がもっとも弱い姿を晒す宿泊施設において、快適であることは必須条件なのだ。不便さや、季節外れの鮎を提供するのことに、アジアのお客への驕りはないだろうか。
 羽田に着いて、隣のカップルが喋っているのは、アジアの言葉ではなく、早口の関西の言葉で、日本のパスポートを手にしていたのに気付いた。恐るべきは、隣人ではなく、身内に存在しているのかもしれない。