資生堂アートハウス

updated: 2013.03.01.

一瞬の閃光と煌めき

 東海道新幹線に乗って静岡駅を過ぎると、窓外には駿河湾の海が穏やかに漂う。そして、かつての東海道の難所、宇津ノ谷峠を貫く日本坂トンネルを抜けると、一瞬の閃光が走る。その正体は、資生堂掛川工場敷地内にあるアートハウス(1978年竣工)である。設計は、MoMA(ニューヨーク近代美術館)、東京国立博物館法隆寺 宝物館を手掛けるなど、美術館建築では世界の第一人者である谷口吉生。同館は79年の日本建築学会賞(日本の建築で最高の賞)受賞作品である。このとき同時に受賞したのが、安藤忠雄のあの「住吉の長屋」である。私的なことだが、谷口氏は私の大学時代の設計製図の先生でもある。
 閃光の正体は、曲面の幾何学形態が輝く素材であるラスタータイルとミラーガラスで覆われているからだ。新幹線の時速300kmの世界からは、建築という大きな塊も小さな点にしか過ぎない。動態として見える建築デザインをひとつの煌めきとして表現するというのは、日本でも世界でもほとんど見ることはない。今度、東海道新幹線(下り)に乗られたら、A席に座り、静岡駅と浜松駅の間を凝視してほしい。近くにあるポーラ袋井工場の長いファサードも悪くないけれど、きっと一瞬の煌めきのはかなさに、近代建築の美しさを感じてもらえると思う。
 この緑の中にある宝石箱のような建築がさらに良いのは、そのコンセプトと伸びやかなインテリアにある。構成は至ってシンプルだ。工場の一画に緑地を設け、Sの字型に内部と外部が反転する空間が連なっている。大きな円弧で外に開き、四角い中庭がある広告部は、資生堂の大正時代からの商品、ポスターなどを散逸させないために集められている。ごく普通の化粧品がオブジェのように点在し、輝いている。戦中の配給制限の中で唯一残った化粧品の口紅もそのひとつだ。その小ぶりなボディは木製で、素朴さとアールデコの香りが漂う。50年経過した今でも、材料が極端に制限された中での限界のデザインが、静かな迫力とオーラを放っている。山名文夫からのポスターも、バックスライドでディスプレイしてある。ここまで自社の広告の変遷を表現できるのは、日本の商業デザインの歴史を担ってきたという資生堂の強い自負からなのだろう。
 四角い閉じた箱の中にある丸い中庭に面したもうひとつの空間は、小ぶりな美術品のためにある。若手のアーティストを応援するために、芽が出始めた作家の作品を主体に宣伝部が選定し、購入していると聞く。このふたつの空間は、メビウスの帯のごとく、一筆書きで連なり、無限に回遊できるようになっている。竣工後30年以上を経過してもその魅力は衰えることなく、まちがいなく日本の美術館の傑作のひとつである。是非、掛川駅で途中下車して立ち寄ってほしい。

資生堂アートハウス