山形県湯田川温泉、湯どの庵

updated: 2006.09.01.

醤油差しのない食卓

 私の事務所の1階は、打ち合わせスペース兼50年代の北欧家具のショップにもなっている。とりわけデンマークの建築家フィン・ユールの作品が多く、実際に見て座ることができるので、結構、皆さんに楽しんでもらっている。
 彼が1940年にデザインした「ペリカンチェア」という超有名なソファは、私のお気に入りのひとつだ。先日、ある女優さんがご主人の著名なイラストレーターと来てくれて、いろいろお話をし、このペリカンチェアのファブリックを、デンマーク製の真っ白な張りぐるみでつくらせてもらった。結果、私もその白の美しさに惚れぼれしてしまい、DMまでつくっていろんな人に白の美しさを吹聴してしまった。
 よく知られているように、旅館やレストランでは、テクスチャー感のある「白い」ファブリックはタブー。食べものをこぼす、醤油差しがひっくり返って染みだらけになる、と汚れの問題は多いので、当然といえば当然なのだ。
 ところが、白い綺麗なファブリックを使って、食事処の家具をデザインしている旅館に出会えた。といっても、開業当初は綺麗でも、しばらく経つとすっかり変わってしまうということはよくあるので、それを確かめたくて、1年後に再び訪れた(私もしつこい)。結果は、1年前とほぼ同じように美しい状態で維持されていた。
 そこは、山形県鶴岡市郊外に位置する湯田川温泉の「湯どの庵」である。食事処は椅子テーブル式で、家具デザイナー岩倉榮利がコーディネートした落ち着いた空間になっている。
 オーナーである阿部専務にその理由を教えていただいた。そもそも、ここは可能な限りの少人数で運営したいと考えている。そのために、これまで当たり前と思っていたことを徹底的に見直してみたという。サーヴする回数を減らすために、大きめの白い皿に複数盛りつけることにより、旅館特有の華やかさと合理性を実現している。注目すべきことは、「醤油差し」がテーブルに存在していないことだ。
では、お刺身はどうやって食べるかというと、種類ほどの窪みがついた「プレート式」で、烏賊にはローズマリーに粒塩の小枝(これは、実用新案権を申請中とのこと)を、白身の魚には雲丹醤油を塗るなどして提供する。お客が小皿に醤油を差して山葵で食べる、という従来の方法を、根本的に見直した結果である。
 これにより、醤油差しへの補充、小皿の準備・片付けが省略されただけでなく、醤油そのものの品質の確保(ただ注ぎ足すだけだと味がすぐ変わりますよ)もできる。さらには、醤油差しがないので、椅子に白いファブリックを張ることが可能になり、古い旅館のあめ色の木とのコントラストが映えているのである。
 たかが醤油、されど醤油。実は今回、この話を載せてもいいですかと湯どの庵に事前に了解を求めたところ、二つ返事で快諾してくれました。阿部さん、恐るべし!

1-6湯殿案