鉄の現代アート

updated: 2019.03.01.

鉄の現代アートによる
街の復活

 振り向くと、建物の2階ぐらいの高さはゆうにある巨大な黒い塊りがゆっくりと群衆とともに動いてくる。なんでこの古い街の真ん中に巨大な象がのし歩いているの? 群衆を避けて見上げると、象は象なのだが、黒光りする鉄でできていて、バルコニーには、観光客と思しき人々が歓声を上げている。口をあんぐり開けて、ぼーっとしていたら、長い鼻から、思い切り水を浴びせられてしまった。フランス西部の古都、ナントの中心地の中州の島での出来事だ。
 ナントは、16世紀に宗教戦争を終結させた「ナントの勅令」が出た街で、18世紀には奴隷貿易で栄え、その後、造船業が発達するが、1970年代には衰退し、失業者があふれ、荒廃した。ところが、90年代になると、さまざまな文化政策に着手し、蘇っていった。その柱は、古い文化の尊重と最先端の現代美術への支援の2つであった。巨大な造船所のあったロワール川の中州のナント島を緑豊かな公園にし、使われなくなった古いビスケット工場は、コンサート会場になった。結果、今ではナントは「フランスでもっとも住みたい街」と評されるまでになった。
 鉄は、単純に比重が大きい。とても重い。そばにいるだけで、その重さが空気を介して肌に伝わってくる偉大な素材だ。トランジットのため、中近東辺りの空港をうろうろしていると、機関銃を持った兵士が警備している。普段、そんな物騒なものを目にすることがないので怯えてしまうのだが、肩にかけたその食い込みに、やはり鉄は重たいのだなと感心したりもする。この鉄を用いた現代的オブジェのある街が、どこも活気があるような気がする。たとえば、スペインのビルバオ。かつて造船業で栄えたが、グッゲンハイム美術館を起爆剤に激変した。スイスのバーゼルは、世界を代表する製薬会社数社の本社が置かれるが、静かな街だ。交差点、高層道路の下、映画館の前、そこかしこに大小の鉄のオブジェが点在する。さすが、近代化学産業を生んだ街の空気と一致している。
 そして、ナント。ここは、あのSF空想小説の開祖といわれるジュール・ベルヌが生まれ、育ったところだ。『八十日間世界一周』『月世界旅行』。彼が小説で現した空想がなければ、今の宇宙開発はなかった。そのベルヌ夢は、古都、奴隷貿易、造船など、これらの歴史・空気から生まれ、それが現代では鉄のオブジェ群となって、街を蘇らせた。
 グローバル化が進むと、国・地域の固有の文化は、均質化すると思われがちだ。でも、現実は、その均質化の圧力があるからこそ、それぞれの地域のアイデンティティが浮き彫りになってくる。まずは、街の歴史を辿り、尊敬するところから始めたい。