フォーシーズンズホテル香港

updated: 2021.07.01.

疲れた自分へのご褒美。
海峡を見下ろす
フォーシーズンズホテル香港

「じゃあ、後は頼んだぞ。」という上司である役員の台詞で、その会議は終わった。ブラインドからこぼれる秋の西日が、壁にくっきりと映る。役員室から出ると、自分のデスクに戻る気がしなかった。パスポートが鞄に入っているのを思い出し、そのまま東京駅に行き、成田エクスプレスに乗り込んだ。チケットは、空港で買った。搭乗口に、小走りで駆け付けると、すぐに扉が閉められた。機体が水平飛行に移ると、ふーっと、大きく息をつき、数時間前の光景を思い出した。
それは、金曜日の夕方、他人が犯した致命的なミスをどうリカバリーするかという会議が開かれた。会議とは名ばかりで罵声が飛び交っていた。いくら声を荒げても、解決するはずもない。どうやら発注者へ謝罪するしかなさそうだなと他人事としてみていた。突然、意見を求められ、「案を根本から作り直し、現在を過去に葬り去るしかないでしょう。」という心にもない正論を呟いてしまった。ではと、担当する羽目となり、冒頭の役員の作戦に嵌まってしまった。初めから、こういうことだったのかと臍を噛んだ。すると、ミスを犯した張本人が突然立ち上がり、「俺はT大だ。」と叫んだ。人間、極限に追い込まれると自分のアイデンティティが何処にあるかというところに帰結するみたいだ。やりきれなくなって、空港にむかった。
ホテルには、空港から電話をした。海峡を臨む一番安い部屋だ。昔のリージェント香港時代のホテルマンが居るかどうか尋ねたら、電話を代わってくれて、お待ちしておりますとのこと。部屋には、まだ宵の気配が残る頃に着いた。机の端に、小ぶりの柿が3つ置いてある。熟し始めた甘さが、鮮やかなオレンジ色とともに、頭の後ろのほうで広がっていった。そういえば、昼から何も口にしていなかった。私はそのままベッドへと倒れこんだ。
ポンポンと舟の音がしたような気がして、窓をみると夜が明けてスターフェリーと人々が行き交っている。下町に出て、麵粥店でおばさん達のワゴンに、ハーガオ(海老蒸餃子)と大声で叫んだ。この歯ざわりのプリプリが、昨日の東京の会議を過去のものにしてくれた。
ハーガオが、私に明日への元気をくれた。ロビーに帰り、回ってきた難関プロジェクトのスケッチをし始めたら、解ける気がしてきた。昨夜のフロントマンと目があって、「疲れた頭と身体には、柿は最高ですよ。」と言うではないか。やはり、フォーシーズンズホテル香港は、そのインテリアとスタッフに、優しさがまだ残っている。また、頑張ろうと自分に言いきかせた。