豊島美術館
updated: 2021.06.01.
アートと建築の一体化。
地形に馴染む巧みな動線。
贅沢な島の休日、豊島美術館
ある夏の日のことだ。仕事の合間を縫って、香川県・高松市からフェリーで30分ほどの豊島に出かけた。一日に多い日で数本のフェリーの往来があるだけの、鄙びた瀬戸内の島だ。一時期、産業廃棄物のゴミ捨て場になってしまっていたが、その問題がようやく解決して、ベネッセ主体の一連のアートの島として生まれ変わりつつあった。
港で、充電式のバイクを借りた。島はどこでもそうなのだが、意外と高低差が大きい。アシスト付き自転車か電動バイク(最高速度35キロぐらいしかでないので自転車並みだ)に限る。注意書きがある。島にはコンビニはなく、商店も極端に少ない、水分を取れるところがあったら、必ず補給せよと。50m毎に自動販売機とコンビニがあることに慣れきってしまっている頭を切り替えないと、ここでは生存に関わる。
真夏の太陽をヘルメットに浴びて、激しいアップダウンの道を走る。風が強い、木々の影がアスファルトに濃く映る。突然、視界が開けた。海に突き出す滑走路のように道が伸びている。バイクを止め、瀬戸内の光る海を眺め、立ち尽くしてしまった。はるか右手に、白い涙粒が草原の中に埋もれている。あれが今日の目指すところだ。
チケット売り場は、草で覆われて、その存在を消している。目の前に、近づくと意外と大きく見える白い涙型をしたドームが2つ、大地に半分ゴロンと埋もれている。大きいのが展示室、小さいのがカフェとミュージアムショップだ。草むらの細い道が示されている。白い涙型は、後ろに遠ざかる。海を見下ろす丘の裾に出て、円形古墳のような林をぐるりと20分ほど回ってくると、先ほどのドームに細くつけられたストローのような入り口に辿り着いた。
靴を脱ぎ、素足で進む。白いコンクリートの低いドーム天井が迫る。床も白いコンクリートだ。足元に注意してくださいと声を掛けられる。至るところ、小さな真珠のような水滴がピョロリ、ピコピコと湧き出ている。また一滴、一滴と出て、少し大きな涙型となって、突然、流れ出す。幾つかの涙型が集まって、また、大きな涙型となって、やがてどこへともなく消えていく。ここにあるのは、これだけだ。この水滴が床に動く内藤礼の現代アートのために、西沢立衛が設計した美術館だ。水滴が湧いていないところを探して、床に横になる。屋根には、大きく丸く穴が開けられている。ここには、照明も空調もない、島の空気と光が満ちているだけだ。雲が、切り取られた青空の中を動いていく。セミの声が聞こえる。贅沢な島の休日が、背中から染みてきて、ほどなく私を包んでくれた。