ケリー・ヒルの傑作

updated: 2019.07.01.

ケリー・ヒルの傑作中の傑作
台中「ザ・ラルー サンムーンレイク」

 朝霧が、湖の上をゆっくり、動いている。熱いお茶を飲みながら、その動きに見とれて、うとうとと二度寝してしまった。静かだ。この静けさの中のモーニングヨガに今日も行こう、と起き出した。台中の奥座敷、日月潭「ザ・ラルー サンムーンレイク」でのごく普通の朝の風景だ。この奥行き2m、間口8.5mのバルコニーには、昼寝ができるデイベッドがあり、直径900㎜の木のテーブルではゆったり食事ができる。傍らに盆栽があるのが、自然だ。
 それにしても、このレイアウトはゆったりしている。床も、室内と同じフローリングが段差なしで連続。湖側の手すりには、ルーバーを組み込んだ鎧扉があって、屋外バルコニーだが、半屋内になるよう工夫されている。湖に面していて、時に湖と一体化するように、時に室内の延長空間となる現代の縁側の営みが楽しめる。広いバルコニーを設けるホテルはめずらしくないが、そこでどう過ごすのかを想像するのは、意外と難しい。とりわけ日本は、夏冬は暑さ寒さが厳しく、春秋は雨風が多い。見た目ほど快適でないのが半屋外だし、隣室からのぞかれる心配もしなければならない。ラルーのバルコニーは、大半の問題をデザイン的に美しく解ける可能性を示している。
 何より注目すべきは、その建築群の構成。湖に突き出した半島の崖地が敷地だ。湖周辺には雑多な温泉宿がいくつか点在しているが、その中を抜け、森の中を車でしばらく登っていく。到着した小さな広場では、灰色の花崗岩、瓦、木製ルーバー、水面、蓮の花、湖の遠景、そっけないほどシンプルな平野の壁が迎えてくれる。あんなに湖から登ってきたのに、湖が望めない? なんて思いつつ、ロビーで甘いお茶を飲み、脇のテラスに出た。何気なく手すりから下をのぞき込んで、足がすくんだ。下は30mはあろうかとという断崖絶壁だった。建物は3つの群になっていて、正面がメインの客室棟、最上階がロビー、客室がそこから7層、最下階はプールが湖に突き出ている。向かって左側にスパとおいしい中華があるレストラン棟が2層構成で20室ぐらい点在している。よくもこの崖地に絶妙にはめ込んだものだ。
 設計は、昨年、75歳で亡くなったあのケリー・ヒル。誤解を恐れずにいえば、ラルーは彼の最高傑作だと思う。彼は、ローカルな素材、工法を大切にし、装飾性を省き、あの包み込む柔らかいモダンな空間を実現した。シャイで温かな人柄と強い意志を、いつも作品から感じる。大巨匠を前にいうのはおこがましいが、私はモダンな材料、工法で、彼と同じく柔らかいモダンで、ローカル(日本)を感じる空間をめざしている。