ホテル雅叙園東京

updated: 2019.10.01.

大階段の魅力。
「ホテル雅叙園東京」

 オードリー・ヘプバーンがちょっと腰掛けて、ジェラートを食べる『ローマの休日』の名シーン、スペイン階段。現在では、飲食も腰掛けるのも禁止になってしまった。記念写真にとちょっとかがんだだけで、ピーっと笛を吹かれてしまう。映画では、残ったジェラートをポイっと、投げ捨てているのが格好いいのに、ローマも随分、野暮になったものだ。
 ローマは、丘を川が侵食した地形の上にできた街なので、ブラタモリ的な言い回しをすれば、河岸段丘による高低差が多い。スペイン階段もかつては崖地だったのが、15mぐらい上の教会に行くのに不便だからと、おしゃれな階段をつくってしまうところが、さすが、イタリア人である。
 東京も、武蔵野台地の端に位置して、小さな崖地が多い。かつての江戸シティの一番端っこ、目黒駅のすぐ先の行人坂は、雨の日は滑り落ちそうなほど急で、傍らの大圓寺は、鎌倉時代から続く趣のあるお寺だ。この急斜面は、かつては鳥葬の場だったというのも、さもありなんと納得してしまう。冬には富士山を望む急坂を下り切ったところに「ホテル雅叙園東京」が位置している。
 同ホテルの建て替え前は、広大な敷地に木造の建物群が、崖から飛び出すように配置されていた。客室は薄暗くて、相撲がとれるぐらい広い。窓から顔を出すと、地面まで10m以上あり、これは何かあったら助からないと思って、クローゼットにジャケットを掛けると、縄ロープがとぐろ巻きに置いてあった。避難器具があるなら助かるかもと一瞬思ったが、すぐにこんなもので窓から下りられるわけないだろうと考え、泊まる度にすぐに寝てしまっていた。
 建て替えると聞いて、あの豪華絢爛の装飾や長い階段が惜しいなと感じた。しかし、建て替え後は、巨大なオフィスビル棟で稼いで、ホテル棟のほうは、あの装飾群を各所に配置していた。孫の結婚式で上京していただろうある老夫妻は、うちの孫がこんな立派なところで挙式してと、御手洗の装飾に感激していた。百段階段も無事残され、数年前、東京都指定有形文化財にも登録された。注目すべきは、この階段でさまざまなイベントが1年中、有料(食事付きが多いが)で行なわれていることだ。ソフトと一体化することにより、階段が単なる避難施設ではなく、見せ場になるという好事例だ。
 目黒に行ったならば、もう一駅、足を延ばして、五反田まで行ってみてはどうだろうか。駅前の「東京デザインセンター」も、崖地に張り付くように建てられている。なおかつ、敷地の条件から建物は2棟に分かれ、その間を屋外の大階段が貫いている。その先には、銀色のメタルでできた優しい表情の馬が待っている。